貸切バスの安全運行に欠かせない人材確保の問題「国土交通省・運輸事業の安全に関するシンポジウム2018」
こんにちは!編集部Iです。
今年も国土交通省主催の「運輸事業の安全に関するシンポジウム2018」を取材してきました。
今回のテーマは「人材不足に起因する安全への課題と対策」です。
運輸事業にかかわらず、人材不足はどの業界も深刻です。自動運転実験なども進みつつありますが、「安全」を機械任せにすることはできません。
人材育成・確保という視点での各事業者からの事例報告を含め、今年のシンポジウムの講演内容をわかりやすくお伝えします。
≫2016年「運輸安全に関するシンポジウム」
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≫2022年「運輸事業の安全に関するジンポジウム」
運輸安全マネジメント制度の現状について
2017年度のシンポジウム同様、平成30年度の運輸安全マネジメント有料事業者等の表彰に引き続き、国土交通省大臣官房運輸安全管理官・日笠弥三郎氏より、現在の取り組み状況についての報告がありました。
昨年、貸切バス事業者のうち、バス保有車両数が200両以上ある大希望業者96者、200両未満が4,083者、義務付け対象外となる小規模バス事業者は約2,200者あるというお話がありました。
平成33年度末までには、すべての貸切バス事業者に対して「運輸安全マネジメント」評価を実施予定。
2016年12月に道路運送法の一部改正により、貸切バス事業者に対し、より一層の安全性確保のための重点的な措置が行われてきました。
その中でバスの保有台数が50両未満の事業者ほど、評価が低く、なかでも「事故等情報の収集・活用」がなされていないことが判明。
特に20両以下の事業者ほど顕著という残念な結果に。
もちろん、小さな事業者さんすべてがダメということではありません。「貸切バス事業者安全性認定評価制度」において、セーフティバスを取得している事業者さんもたくさんいらっしゃいます。
運輸安全マネジメント認定セミナー受講者に対し、保険会社による保険料割引特約などのインセンティブを付与することで受講者は増加傾向にあります。
今後も中小規模の事業者に対し、取り組みを後押しするような施策を打ち出していきたいとおっしゃっていました。
国土交通省のホームぺージでは、取り組みが進捗している運輸事業者の取り組み事例を公開。2018年8月現在で149事例が公開されています。
また、運輸マネジメント制度に関するよくある質問についてもまとめていますので、ぜひ参考になさってはいかがでしょうか。
ドライバーの高齢化が深刻なタクシー・バス業界
今年度の基調講演は、関西大学社会安全学部教授・安部誠治氏です。
社会全体として少子高齢化がさらに加速。2015年は年少人口が1,595万人だったものが、2040年には1,194万人まで減少。生産年齢人口が7,728万人だったものが、5,978万人まで落ち込むと予想されています。
運輸事業の中でも、タクシードライバーの高齢化が顕著で、全産業の平均年齢が42.1歳だとすると、58.6歳とかなり深刻です(平成26年の国土交通省自動車局資料より)。
ちなみに貸切バス事業者では48.5歳であり、こちらもかなり深刻といえるでしょう。
高齢者の運転が危険な理由とは?
高齢者ドライバーの事故については、たびたびニュースになっているので、誰もがその危険性を理解しているかと思います。
20~24歳を100とした場合に、55~59歳では聴力は半分以下、視力は60ぐらいに低下。最も顕著なのは夜勤後の体重回復力で、30以下とダメージが大きいことが分かっています(斎藤一・遠藤幸男『高齢者の労働能力』より)。
NASVA適性診断表によると、動体視力・眼球運動は30歳をピークに急激に低下。70歳以上では半分以下の能力という結果も!
動体視力は道路脇からの飛び出し事故に対応するために欠かせない機能ですし、眼球運動は前方の信号・自転車等の状況を隅々まで把握するために必要なものなで、これはかなり厳しいといわざるを得ません。
さらに、周辺視野(中心と同時に周辺も広く見る能力)は40歳代からがっくり落ち込みます。
年齢を重ねれれば、誰もがこの老化から逃れることはできないことがよくわかりました。
各事業者が取り組んでいる人手不足・高齢化への対策
高齢化が進み、新たな人材確保が難しくなっている現在、各事業者共に定年延長や継続雇用に取り組むところが増えています。
新規採用についても高卒採用の他、60歳で定年を迎えた人に対しても採用・育成に取り組む事業者も。
中途退職者を抑制し、女性が活躍できる職場環境を整えることも大切で、短時間勤務(育児・介護)や事業者内保育所を設置するなど、さまざまな取り組みがなされているようです。
ある事業者(中国地方のバス会社)の例によると、65歳を超える高速乗合バスや貸切バスの運転ではなく、ローカル乗合バス業務に変更するなど、身体機能に応じた勤務形態を工夫。
路線バスも大型バスから、小型マイクロバスタイプの車両に変更を検討する事業者も少なくないとか。
利用者の人数に合わせて車両をコンパクト化することで、車両費の抑制や大型免許取得が不要になるため、ドライバー確保のハードルが下がるというわけです。
運輸事業は安全確保が最優先ですが、採算性も大切。技術革新への助力や環境の変化に見合った規制の見直しなど、国も一緒に取り組んでほしいとのことでした。
運輸事業者からの取り組み事例を紹介
今回は鉄道事業から「JR九州旅客鉄道株式会社」、バス事業者から「神姫バスグループ 株式会社ウエスト神姫」、海運事業者からは「上野トランスティック株式会社」、空港運輸事業者から「株式会社Kグランドサービス」の4社より、報告がありました。
ここでは参考になるポイントをダイジェストにお伝えしていきます!
安全は創るもの「やる気」がゼロなら安全も「ゼロ」になる
まず最初は九州旅客鉄道株式会社・取締役乗務執行役員 古宮洋二氏からの報告です。
JR九州の2018年度における社員の年齢構成は平均で40.9歳。
国鉄時代の新規採用を抑制した約10年間、社員数が極端に減少し、45歳~50歳代がすっぽりと抜け落ちている状況だそう。
JR九州で「安全創造運動」をスタートさせたきっかけは、2005年に立て続けに起きた重大事故・インシデントでした。
本社や支社からの一方的な指示により、現場との意見交換も少なく、主体的に安全対策に取り組むという体制ができていなかったことに気づいたそうです。
お客様からの声を集める仕組み同様、社員からの声を吸い上げる仕組みを取り入れ、全社員が自由に書き込みできるように。
すべての声を経営会議棟で報告。重要なものは2週間以内で対策や方針を決定するようにしました。
経営会議資料はネットワーク上でも公開され、全社員が共有できるようになっています。
また、安全に対する社員の意見や気づきなどの内容に対し、安全推進賞やヒヤリハットオープン賞などのインセンティブを付与することで、社員ひとりひとりのヒヤリハット体験談などが飛躍的に集められるようになったそうです。
この他に特に印象に残ったお話は「安全の方程式」。
(知っていること<知識>+できること<技術・技能>)×やる気=安全
安全を創るのは知識や技術だけではなく、社員ひとりひとりの「やる気」が大切。どんなに知識や技術があってもやる気が「ゼロ」なら、安全も「ゼロ」。
その代わり、やる気が2倍なら、安全も2倍になる!ということを示した方程式です。
このため、JR九州では、伝わりやすいことばで社員の意識を変えるように取り組んでいるとか。
例としては、線路内で列車の接近を見張り、作業者を安全に退避させる役目の人を「列車見張員」と呼んでいたそうですが、こちらを「命を守る列車見張員」に変更。
「仲間の命を守る大切な役割を担っている」ということをより意識できるようにしたそうです。
今日安全でも、明日は安全とは限らない。安全は毎日の積み重ね。その事を肝に銘じて、これからも取り組んでい行きたいとおっしゃっていました。
シニア世代と女性の活躍を後押し!健康管理を徹底する
続いて兵庫県のバス事業者、神姫バスグループ・株式会社ウエスト神姫 代表取締役社長 須和憲和氏からの報告です。
経験豊富な高齢者の力を最大限に活用し、地域社会へ貢献したいと考え、定年年齢を70歳以上とする制度を採用しました。
「平成26年度地域別生涯現役社会実現モデル事業」に応募し、近畿地域におけるモデル企業に選定されています。
当然、加齢に伴うリスクはありますので、まずは年2回の健康診断の内容を人間ドッグ並みにレベルアップ。シニア運転士(65歳以上)の再教育を行い、お互いの診断結果を見せ合うことで、自己理解を深めるように努めているそうです。
この他、再雇用に当たり、家庭での健康状況などを家族と共に確認し、会社では把握できない普段の生活についてもきちんと[見える化」しました。
女性ドライバーの積極的雇用と環境整備、仕事と介護との両立など、より働きやすい職場づくりを積極的に推進。
安全指導業務へも積極的に参入し、運行管理者指導講習機関・運転適性診断機関としても認定を受けていらっしゃいます。
小さなバス会社ではなかなかできにくいことかもしれませんが、それぞれの経営に合わせて、学べるところはぜひ学びたいポイントなのではないでしょうか。
Webを活用した人材育成を目指す
続いて上野トランステック株式会社・常務執行役員 髙尾和俊氏の発表。
こちらは海運事業という特殊性により、現場とのコミュニケーションの距離を埋める手段として、Web活用した海上職員教育に取り組んでいる事例です。
船は海上を航行しており、日常的なコミュニケーションは通信媒体を活用したものになります。
このため、世代間や経験のギャップを埋めにくく、リスクへの対応も人によってバイアスが掛かりやすいなど、さまざまな問題がありました。
最近の自然災害による被害を考えると、「想定外」ということばが通用しないことを痛感。
自然災害とはいえ「人的災害」としてとらえ、あらゆるリスクに備えた安全対策や意識を持つようにしなければなりません。
「築城10年落城1日」ということばを引用していらっしゃいましたが、こつこつと安全を積み重ねてきても、一瞬にして失われてしまうということ。
このため「Web教育システム」を構築。文字だけでは7%ぐらいしか伝わらないといわれているため、動画や画像を多用した「視覚に訴える」内容を意識した取り組みを行っているそうです。
ベーシックな安全意識を高めるテストを実施。社内ではもちろん、寄港中、航海中に取り組み、結果分析を行い、フィードバックを繰り返すことでレベルアップ・均一化を行っています。
一つ間違えれば大きな事故につながりかねない海運事業。現場に依存しがちな状況をなくし、安全意識を如何に高めていくかが課題とおっしゃっていました。
優秀な人材の確保と教育、技術継承への取り組み
最後は、空港地上支援業務を行っているKONOIKE GROUP 株式会社Kグランドサービス・代表取締役 青戸一登氏からの発表です。
株式会社Kグランドサービスでは、空港内カウンターやラウンジでの接客業務、安全運航管理業務などを行っており、関空・羽田・成田・福岡・伊丹・神戸空港の6空港で活躍されています。
若手社員の獲得のために、各学校単位で空港見学会を実施。また、専門学校へ講師を派遣するなど、積極的な業務PRに努めているとか。
入社後は勤続年数、肩書に合わせた育成プログラムを採用するなど、定着率向上に取り組んでいらっしゃいます。
空港という特殊な職場ゆえ、ハイレベルな安全対策が求められ、また、技術取得のための教育・資格取得が必要だといいます。
かつてはマンツーマン教育だったものを一括養成教育へ転換。きめ細かい教育を集中的に行うことで、スキルの均一化を図れるようになったそうです。
さらに育成時間も短縮。現場への配属は遅れますが、即戦力として通用できるところがメリットだそうです。
また、女性社員で育児中の時間短縮勤務を採用してきましたが、高いスキルを活かしきれていませんでした。
このため、育児休暇中の女性社員を一つの係に集め、業務と新入社員の教育を担当してもらうことに。
これにより、若手社員の育成に1年かかっていたところ、4か月に短縮することができるようになったそうです。
また、外国籍人材の活用もいままでは日本語のマニュアル、日本語での技術教育でした。これも英語マニュアルを作成し、教育を担当するのも外国籍の方に変更。
より正確できめ細かい技術継承が可能になったといいます。
人は企業にとって「財産」、安全性向上のカギを握るもの「人」
人材の確保と教育はどの企業にとっても頭の痛い問題です。
今回のシンポジウムで気づかされたのは、当たり前と思っていたことが実は「当たり前ではない」ということ。
なんとなく習慣や慣例で行ってきたことをすべて見直し、環境や時勢に合わせた柔軟な発想や対応が問題解決に結びつくのだと感じました。
大企業で行っていることが、そのまま中小企業に当てはめることはもちろんできません。
それでも良いところは取り入れ、「当たり前」と思ってやってきたことを疑い、自分たちならではの安全風土を創り上げていくことが大切だと実感できるシンポジウムでした。
■取材協力
国土交通省
「運輸の安全に関するシンポジウム2018」
【開催日時】平成30年10月2日(火) 13時~17時
【開催場所】昭和女子大学人見記念講堂
【講演内容】
●主催者挨拶:あきもと司(国土交通副大臣)
●行政からの報告:日笠弥三郎(国土交通省大臣官房 運輸安全監理官)
●基調講演:安部誠治(関西大学社会安全学部教授)
●運輸事業者からの報告:
古宮洋二 (九州旅客鉄道株式会社 取締役常務執行役員)
須和憲和(神姫バスグループ 株式会社ウエスト神姫代表取締役社長)
髙尾和俊(上野トランステック株式会社 常務執行役員)
青戸一登(KONOIKE GROUP 株式会社Kグランドサービス 代表取締役)
●パネルディスカッション
<コーディネーター>酒井ゆきえ(フリーアナウンサー)
<パネリスト>
安部誠治、古宮洋二、須和憲和、髙尾和俊、青戸一登、平垣内久隆(国土交通省大臣官房危機管理・運輸安全制作審議官)
※敬称略
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