自然災害にどう向き合う?国土交通省主催「運輸事業の安全に関するシンポジウム2019」
こんにちは!編集部Iです。
今年も国土交通省主催の「運輸事業の安全に関するシンポジウム2019」を取材してきました。
今回のテーマは「運輸安全マネジメントによるリスク管理の強化~自然災害とどう向き合うか∼」です。
今年も大きな災害が次々と日本列島を脅かし、予想をはるかに上回る被害になすすべもなくという事例が多発しました。おりしも千葉の台風被害が記憶に新しいですよね。
運輸安全マネジメントによるリスク管理という観点から、自然災害とどう向き合うのか。各運輸モードでの事例報告を含め、今年のシンポジウムの講演内容をわかりやすくお伝えします。
▼シンポジウム取材レポート
≫2016年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2017年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2018年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2019年「運輸事業の安全に関するシンポジウム」
≫2022年「運輸事業の安全に関するジンポジウム」
第3回国土交通大臣賞表彰
国土交通省副大臣・青木和彦氏のあいさつに引き続き、2019年度の運輸安全マネジメント優良事業者等の表彰が行われました。
今年は国土交通大臣表彰として「上野トランステック株式会社」が 、大臣官房危機管理・運輸安全政策審議官表彰として「大阪高速鉄道株式会社」「新潟運輸株式会社」。それぞれに賞状が手渡されました。
運輸安全マネジメント制度の振り返りと現状について
表彰式に引き続き、国土交通省大臣官房運輸安全管理官・内山正人氏より、「運輸安全マネジメント制度」についての振り返りと現在の取り組み状況についての報告がありました。
運輸安全マネジメント制度が導入されたのは2006年(平成18年)から。2005年にヒューマンエラーを起因とする事故が連続して発生したことがきっかけになりました。
最も大きな事故として印象に残っているのは、JR西日本福知山線の列車脱線事故。107名が死亡、549名が負傷という大変大きな犠牲がでたものです。
それ以外にも、航空・船舶・バスの運輸モードでも事故が続いた年でした。
「運輸安全マネジメント」がきちんと機能しているという暗黙の了承のもと、現場ではいろいろ問題が起きていることを経営トップは把握していなかった、という油断が招いた結果です。
安全確保の重要性を事業に関わる人間すべてが認識し、「安全風土」を構築していくためには、経営トップから現場まで一丸となった取り組みが必要であることが提言されました。
制度導入以降、国は運輸安全マネジメントの評価を行ってきましたたが、貸切バス事業者への評価実施を集中的に進めてきました。このことにより、保有台数200両未満の貸切バス事業者(4,082者)も2021年にはすべて評価を終えるそうです。
ただし、バスの保有台数が50両未満の事業者(約2,200者)については、義務付け対象外になっています。
これらのバス事業者に対しては、保険料の割引などのインセンティブや認定セミナーを受講することで「貸切バス事業者安全性認定評価制度」において、セーフティバス取得の際の加点になるなど、国としても後押ししていきたいと考えているそうです。
激化する自然災害の防災・減災のため国が取り組むこと
今年も1時間に降る雨量が50㎜を上回るような激しい大雨が頻発している年でした。実はこの30年間に1.4倍に増加しているそうです。
地球温暖化が深刻さを増す中で、今後増えることはあっても減ることはありません。
豪雨以外にも2018年2月にの大雪、7月の西日本豪雨、9月には震度7を計測する「北海道胆振東部地震」、関空が水没する台風21号の被害などが次々起こりました。
さらに2019年も1月に熊本で震度6弱、8月に九州で集中豪雨、そして復旧が大幅に遅れた台風15号による千葉の被災。もはや、自然災害への備えは待ったなしの状況といえそうです。
国土交通省としてもソフト・ハード両面から「防災・減災、国土強靭化の3か年緊急対策」について集中的に取り組む予定。各運輸事業者の取り組み事例についてホームページで紹介しています。
ぜひ参考にしてほしいとのことでした。
年々被害が増大する自然災害といかに向き合うか?
基調講演は 関西大学 社会安全学部 特別任命教授・河田惠昭氏。「災害多発・激化時代における運輸事業者への期待」です。
河田氏は阪神・淡路大震災記念 人と未来防災センター長を務めており、また、中央防災会議防災対策実行会議委員でもあります。
講演の中で最初におっしゃったのは「災害と事故は同時に多発する傾向」があり、自治体の取り組みや対応力が足りてないということ。「国任せ」にする傾向があり、地域での協力や実効性が伴う防災訓練がなされていないことを問題視していらっしゃいました。
1995年1月の阪神・淡路大震災、2011年3月の東日本大震災以降、積極的な防災訓練を各自治体で取り組んできたと思います。ただ、実際に被災していない地域では当事者意識が薄く「自分たちにも起こること」という認識が甘く、何の備えもしていないという方も多いのでは?
防災訓練も「型通りの避難訓練だけにとどまっている傾向」があるといいます。
防災訓練はます「防災・減災について学ぶこと」
- 防災、減災とは何か
- なぜ訓練をやるのか
- どのようにふるまえばよいのか
- 知識や技能を習得する
ことが最も大事だそうです。さらに「練習すること」。基礎だけではなく、条件を変え、繰り返し学び、検証し、振り返りを重ねることが重要。その上で、試す(実際に訓練する)ことで、知識と行動がつながっていることを確かめること。
まさに「PDCAサイクル」を回すということと同じだとおっしゃっていました。
今後、必ず起きる大きな自然災害!そこに潜むリスクとは?
今後憂慮されている直近の課題は「南海トラフ巨大地震」です。30年以内にマグネチュード9の発生確率が約70%。津波を含めた震災被害は6,088万人と推定されているそう。
さらに、首都直下型地震は30年以内にマグネチュード7.3の発生率が約70%。約3,000万人に被害が及び、首都機能の喪失を伴ったスーパー都市災害といわれています。
停電することでエレベーター内への閉じ込め、交通機関がマヒ、断水、食料などの物資が届かないなど甚大な被害が想定されています。
2018年大阪府北部地震で、阪神高速道路の通行止めが5時間20分、一般道が大渋滞を起こし、鉄道の再開が遅れるなど、記憶に新しいのではないでしょうか?
関空が台風被害で機能しなくなってしまったときも、誰が指揮を執るのかが非常にあいまいな状態だったため、再開が長引くことになったといいます。
また、鉄道の場合は相互乗り入れが多く、横の連携がないため、対応がバラバラで再開に時間がかかったという問題も起きました。
運輸事業者同士の連携はもちろん、船舶・鉄道・航空・自動車の各運輸モード同士も協力し合い、大きな災害へ向き合い、備えていくシステムの構築が急がれているという印象を受けました。
私たちは自然災害とどう向き合い、取り組むのか?
災害を大きくしてしまう一つの要因として、河田氏が問題視しているのは「災害文化」の欠如だといいます。
国が行う公的扶助や社会的なインフラに頼るあまりに、自分たちで考え、行動する視点が欠落。中でも自分の中にある「先入観=前も何も起こらなかったから今回も大丈夫」や「目の前の危険を認めない=自分だけは大丈夫という思い込み」により、避難しない人たちが続出しています。
特に高齢者になればなるほど、避難を促されてもかたくなに拒否する人たちが多い印象を受けます。
国や自治体から避難勧告がなされていないから、避難しなくても大丈夫。そう思い被害にあわれた方が、たくさんいらっしゃったのではないでしょうか。
いつ起きるかわからないのが災害。国や自治体任せにするのではなく、自らが積極的に備えること。地域コミュニティとのつながりを大切にし、いざというときは協力し合える関係を築くことが大切なのではないでしょうか。
特に都心部は人間関係が希薄。タワーマンションが林立し、普段からコミュニケーションがとれていないところも多いと聞きます。
福島原発の事故を教訓に「絶対の安全はない」ということ。千葉の台風被害のように「国も自治体もすぐには助けてくれない」ということを肝に銘じ、私たちひとりひとりが災害と向き合い、備えていく大切さを痛感しました。
各事業者からの報告「自然災害への取り組み」事例について
今回は自然災害への取り組みをテーマに、鉄道からは「JR西日本」、バス事業者からは「西鉄グループ」、船舶から「瀬戸内海汽船」、航空からは「中部国際空港・セントレア・オペレーション・センター」からの報告がありました。
JR西日本の取り組み事例
JR西日本では、鉄道事業だけではなく、ホテル事業、不動産開発事業、物販・飲食事業など幅広い事業を展開しています。鉄道も2府16県という幅広いエリアをカバー。
福知山線列車脱線事故を教訓に、安全最優先の風土づくりに取り組んできました。また、最近では、甚大化する自然災害への備えに対してもハード・ソフト面から取り組んできたそうです。
その一例としてエリアごとに雨量を計測し、災害が発生しうる雨量に達する前に列車を止める「運転規制」を実施しているそうです。
折しも2018年7月に西日本エリアを襲った豪雨被害。鉄道への土砂が流入したり、河川が氾濫するなど、広範囲にわたり、大きな被害が発生しました。
この時早期の運休実施により、駅と駅の間で電車が立ち往生するなどは一切なく、駅周辺での大混乱を防ぐことができたそうです。
ただ、鉄道施設外からの影響により、運休が長引くなどの被害が発生しました。このため、バスによる代行輸送だけではなく、新幹線やフェリー(瀬戸内海汽船の事例で詳しく紹介)での代替輸送という新しい試みがなされました。
代行バスに関してもJR西日本のみならず、全国各地から141社が支援。地元や自治体、道路・河川管理者などとの協力で復旧・運転再開を早めることができたそうです。
今後大きなテーマとなるのはやはり「南海トラフ地震」。津波避難を迅速に安全に行うための備えとして、津波避難アプリを導入。いざというときに指示待ちをするのではなく、乗務員自ら情報収集につとめ、連絡が取れない際は自ら避難を判断できるようトレーニングを行っているそうです。
大きなインフラ整備は無理としても、乗務員が自ら行動できるようにするためのトレーニングなどは参考になりそうですね。詳しい対策はホームぺージで公開しているそうなので、ぜひ参考にしてみてください。
西鉄グループの取り組み事例
福岡・北九州の都市部などを中心にバス事業を展開している西鉄グループ。路線バスや高速バスは佐賀や熊本、大分の一部、山口、東京・名古屋・岡山への夜行便などを運行しています。
西鉄グループでは高速バスで、200年5月にバスジャック事件が発生。その時の教訓から、西鉄バス研修センターにてバスジャックを想定した訓練を実施しています。
また、各事業者から選抜した乗務員の運転技術・知識を競い合う「ドライバーズコンテスト」も実施。最近では西鉄バス以外の事業者からも参加者を募り、バス運転士の安全意識向上や技術向上に貢献していらっしゃいます。
2016年に起きた熊本地震、2017年九州北部豪雨、2018年西日本豪雨、2019年8月九州北部豪雨と次々と発生した自然災害。予測を大きく上回る短時間での冠水でマニュアル通りの対応ができないという体験をしたそうです。
特に2017年7月の豪雨では福岡、大分の各地で土砂崩れ、河川氾濫、洪水、道路冠水が発生。バス運行にも大きな障害が起きました。
みるみるうちに道路が冠水し、バスの中まで泥水が浸水。ほんのわずか5分程度で道路が川になる様子など、当時の恐怖を物語る画像が次々と紹介されました。
この時の体験を教訓に協議し、ハザードマップを作成。IP無線や新型ドライブレコーダーを導入するなど、対策を練っています。マニュアルも今回の事例を元に改定したとのことでした。
瀬戸内海汽船の取り組み事例
瀬戸内海汽船は、広島から愛媛の松山までの定期航路を運行。このほか、石崎汽船との共同運行で同じルートを高速スーパージェットで結んでいます。
また、不定期ですが、おさんぽクルーズや銀河ランチ、ディナークルーズなどレジャークルーズも行っています。
今回の発表では、2018年7月に起きた西日本豪雨災害において、瀬戸内海汽船が代替輸送に大きな役割を担ったことについてご紹介いただきました。
西日本豪雨災害で最も甚大な被害を受けたのは、呉港と広島港の間の道路。通行できない道路が多く、大渋滞を招きました。
瀬戸内海汽船の航路は、広島港から呉港を経由し、松山までをつなぐルート。フェリー「石天川」は通常の定員数は342名のところ、急遽、立ち席を含めた420名乗れるよう臨時で申請し、行政側も迅速に対応してくれたそうです。
一例として広島から呉までの7月平均旅客輸送は565名程度のところ、この時は33,103名を輸送したというから驚きです。人だけではなく、車両の輸送も行ったとのこと。
今回の災害における瀬戸内海汽船の役割はとても大きなものだったことがわかります。
普段はフェリーを利用しない人たちが殺到したため、課題も大きかったといいます。
- 港における乗船待ちの人や車を整理する人員不足
- 緊急車両の要請が共有されず、利用者と同じように長時間の乗船待ちが発生
- 鉄道・バス・船舶それぞれが無政府的に対応
などさまざまな問題が起きました。船の輸送能力にも限界があるため、半分は公的機関は、半分は民間が所有する船の運用も検討してほしいという要望が出されていました。
この他、ターミナル規格の統一(港、船の標準化など)を図ることで、緊急時に接岸できる港などを他にも確保することが可能になります。
2019年に起きた千葉の台風被害でも、フェリーを使った代替輸送は機動力があっていいなと思いましたが、横浜の港のようにコンテナや流木が散乱し、船が着岸できなかったという事例もあります。
広島-呉間のようにスムーズな代替輸送ができるとは限らない、というのも課題の一つかなと思いました。
中部国際空港での取り組み事例
中部国際空港セントレアは、愛知県常滑市沖にある24時間運用の国際空港。鉄道乗り入れは名古屋鉄道1社のみ、道路は鉄道橋と並行して建設、船は対岸の三重県津市との間を高速船がつないでいます。
ここでは「セントレア・オペレーション・センター(COC)」を採用し、24時間・365日シフト勤務で空港運用を行っています。実はこの仕組み、民営化されている空港では、すべてセントレア方式を採用しているそうです。
開港当時は空港の安全を守るため、飛行場・灯火無線・保安防災と3つのセクションがバラバラに機能し、横の連携がなかったそう。そこを改善し、現在では 「セントレア・オペレーション・センター(COC)」 で一元管理。3つのセクションだけではなく、関係するグループ会社や業務委託先の企業までを含めた連携が行われているそうです。
大雪やバードストライク、大震災、サミットなどを経て、改善されてきた仕組み。最も特徴的なのが「リエゾン(仏語で関係・連絡などの意味)」と呼ばれる独自のスタイルです。
問題が起きた時、関係者がCOCに集まり、話し合い、協力し合うもの。航空会社だけではなく、サミットの時は管制官や自衛隊も同じ場所に集まり、綿密に協議をしたそうです。
2018年の名古屋鉄道架線事故の際は、3日間運行が止まり、空港にアクセスできない事態に。この時も鉄道事業者と踏み込んだ連携を行い、体制を整えてきました。
また、2018年の関西国際空港の被災時には、代替空港として外国人旅行客がセントレアに殺到。普段は外国人利用者が少ないため、受け入れ態勢が整っていませんでした。急遽多言語で、新幹線以外のアクセス案内を行うなど、対応に追われました。
このときのことを教訓に、中国領事館や船舶自動車とも連携。海外の航空会社とも顔の見える関係を築いたそう。船を使った島外退避訓練も実施し、課題点の洗い出しと対策をすすめています。
中部国際航空の事例をうかがっていると、どんなにインターネッとが普及しようとも、実際に顔を突き合わせて相談しながら進める「アナログ」な連携も必要だということ。
まさに顔が見える関係が、連携を深め、結果的には大事故を防ぎ、被害を最小限に食い止めることができるのを痛感しました。
河田氏もお話していた通り、自助・共助で自然災害に備える。運輸だけではなく、私たち一人ひとりの備えをもう一度考えてみたいと思います。
■取材協力
国土交通省
「運輸の安全に関するシンポジウム2019」
【開催日時】令和元年10月1日(火) 13時~17時15分
【開催場所】昭和女子大学人見記念講堂
【講演内容】
●主催者挨拶:青木和彦(国土交通副大臣)
●行政からの報告:内山正人(国土交通省大臣官房 運輸安全監理官)
●基調講演:河田惠昭(関西大学社会安全学部 特別任命教授)
●運輸事業者からの報告:
緒方文人 (西日本旅客鉄道株式会社 代表取締役福社長兼執行役員鉄道本部長)
清水信彦 ( 西日本鉄道株式会社 常務執行役員自動車事業本部長 )
内堀達也 ( 瀬戸内海汽船株式会社 常務取締役航路事業部長 )
坂紀廣 ( 中部国際空港株式会社 セントレア・オペレーション・センター 部長 )
●パネルディスカッション
<コーディネーター>酒井ゆきえ(フリーアナウンサー)
<パネリスト>
河田惠昭 、 緒方文人 、 清水信彦 、 内堀達也 、 坂紀廣 、 山上範芳 (国土交通省大臣官房危機管理・運輸安全政策審議官)
※敬称略
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