オンライン配信とのハイブリット開催「第17回NASVA安全マネジメントセミナー」
2024年10月23日(水)、NASVA(独立行政法人自動車事故対策機構)主催の「NASVA安全マネジメントセミナー」を取材してきました。今年は遠隔地でなかなか参加できないという事業者さん向けに、オンライン配信を同時に行ったハイブリット開催。
飲酒運転の厳罰化、健康起因による交通事故をどう防ぐか、そして人手不足や激甚化する自然災害とどう向き合うか、さまざまな課題について考えさせられる1日となりました。2024年のセミナーの様子をダイジェストでご紹介していきましょう。
基調講演(1)事業用自動車の安全対策について
NASVA理事長である中村晃一郎さん、国土交通省大臣官房審議官(物流・自動車局担当)大窪雅彦さんのご挨拶に続いて、国土交通省 物流・自動車局 安全政策課長の永井啓文さんによる「事業用自動車の安全対策について」の基調講演がありました。
現状のままだと、国土交通省が発表した「事業用自動車総合安全プラン2025(以下、2025プラン)」で掲げた目標が達成できない恐れが・・・。
2023年(令和5年)中に発生した交通事故全体の件数(人身事故件数)は307,930件。そのうち、事業用自動車の交通事故件数は23,606件と約7.7%を占めています。
過去10年間で半減はしているものの、ここ数年では横ばい状態が続いているというのが現状。「2025プラン」で掲げている事業用自動車の事故削減目標である16,500件以下を達成するにはまだまだ及ばない状況です。
貸切バスではむしろ事故が増加してしまった2023年
2022年と2023年を比較すると、タクシー・貸切バスでは増加してしまったという残念な結果に。各業態別の特徴的な事故で特に貸切バスで目立ったのは以下の通り。
貸切バスの事故類型としては他者との「追突」が全体の約3割を占めていました。トップ3は「すれ違い・左折・右折時の追突」「出会い頭衝突」「追越・追抜・進路変更時衝突」。
また、貸切バスでの死亡事故類型型をしては「背面通行中」「横断中」の人との事故となっています。
直近で記憶に残る大きな事故としては、2022年10月13日に起きた静岡観光バス横転事故(死傷者計29名)。そして2024年5月16日に宮城県の東北自動車道下り線で起きた大型トラックと貸切バスの衝突事故(3名死亡、1名重傷)、8月19日に鹿児島県鹿児島市で起きた貸切バス横転事故(9名軽傷、1名骨折)がありました(参照元:国土交通省 貸切バスの輸送の安全確保の徹底について資料より)。
2024年4月からデジタルを活用した新しい安全ルールがスタート。以下が義務化されています。
- 点呼の様子を動画保存
- アルコールチェックの様子を撮影保存
- 運送引受書、手数料の額を記載した書類、業務記録、運行指示書、点呼の記録(電子ファイル必須)を3年間保存
- デジタコの使用(必須)と運行記録を3年間保存
- 情報公表すべき内容の追加(初任運転者に対して行う「安全運転の実技指導」を追加)
小さなバス事業者さんの場合、追突を回避するための安全装置が付いたバスに新しく買い替えるというのは難しいこと。後付けできる追突防止補助装置を活用するなど、対策を進めていくことが大切ですね。
国土交通省では事業用自動車のASV装置購入に対し補助金を交付しています。今後も積極的な導入をぜひご検討ください。
他の業態では、乗合バスが「車内事故」、タクシーは「出会い頭衝突」「追突」「右左折等の追突」、トラックでは「追突」が多発しているとの結果です。特に気になっているのが軽貨物による事故。
ECサイトでの買い物を配達する小さな事業者さんがここ数年で急増したことが原因の一つになっています。以前は義務ではなかった「運行管理者の選任」「事故の報告」「乗務等の記録」「適正診断の受診、初任運転者等に対する特別な指導」の4項目で義務化が行われました。
「2024年4月問題」プロドライバーを取り巻く環境
ドライバーの時間外労働が長いことから、その労働環境を改善する目的で厚生労働省より出された「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(以下、改善基準公示)」。2024年4月1日から施行されることにより起きている「2024年問題」が暗い影を落としています。
特に貸切バスの繁忙期だった6月、10月、11月はバスドライバーの奪い合い(!?)。「貸切バスの達人」でも「バスは空いてるけど、ドライバーがいない」と断られるケースが頻発していました。
路線バスにおいてその運行維持に必要な人員は12万9,000人といわれているものの、2024年は10万8,000人しか確保できていないとのこと(日本バス協会の推計)。2030年にはドライバーの高齢化に伴い、3万6,000人も不足するという予想があるそうです。
確かに、2023年は路線廃止や運行本数の減少が目立った年でした。
2023年8月から貸切バスの運賃・料金が変わり、待遇改善が期待されています。バスドライバーを目指す人、辞めずに続けてくれる人が少しでも増えていけばと思いました。
ICT活用により、運行管理業務の高度化に期待
運行管理は事業用自動車の安全輸送の根幹を担うものです。各営業所に選任された運行管理者が所属する運転手の点呼等を行うのが原則ですが、こちらも人材不足と長時間労働が問題になっています。
対面で行うことの大切さを維持しつつ、デジタルを適宜取り入れた高度化の必要な時代となりました。ICT活用による運行管理業務の一元化、運行管理の強化、輸送の安全向上に向けた検討がスタート。
遠隔点呼、自動点呼などの実証実験を踏まえ、早期実現化を推し進めています。
健康起因による事故は報告が増えている
健康状態に起因する事故報告件数は増加傾向。各モード別に見てみるとバスの多くは事故に至らずに乗務の中断を実施している一方で、タクシーやトラックでは約半数が事故に至ってしまっているとのことでした。
過去10年間で健康起因による事故を起こしたケースのうち、「心臓疾患」「脳疾患」「駄動脈瘤及び乖離」が全体の30%を占めているとのこと。
国交省では健康管理に関するマニュアルの策定・改定を行い、ドライバーの健康管理を強化しています。中でも「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」が疑われる事故報告が増えていることから、発生した事故とSASの因果関係を把握するため、事故前後のSASスクリーニング検査の受診状況報告を明示化されました。
また、高齢者において発症率が高い緑内障等、視覚障害を早期発見することもまた急務となっています。
事業用自動車による飲酒運転事故件数の増加
事業用自動車で減少傾向にあったものの(貸切バスでは0件)、トラック業界では増加してしまったという結果に。実際に飲酒運転していても事故を起こしていないケースも含めると憂慮すべき事態といえそうです。
このことを受け、国土交通省では飲酒運転をしたトラック運転手が勤務する運送事業者への行政処分の厳罰化について、実施時期を10月1日に前倒ししました。また、自動車運送事業者における飲酒運転防止マニュアルを作成。
自動車運送事業者を対象とした飲酒運転防止セミナーを2024年2月に開催したところ好評だったとのこと。2025年にもまた開催される予定となっています。
国土交通省で収集した事業用自動車に関する事故情報等のうち、特に重大なものを毎週金曜日にメールマガジンで定期信中。事故防止への取り組みに役立つとのことで、購読者数は2万人を突破しました。
過去に配信されたものも閲覧できますよ。
基調講演(2)運輸安全マネジメント制度について
続いて国土交通省 大臣官房 運輸安全監理官の山﨑孝章さんより、これまでの動きとこれからの在り方、運輸防災マネジメント指針についてお話をうかがいました。
運輸安全マネジメント制度の経緯としては、2005年(平成17年)にヒューマンエラーが原因とみられる事故が立て続けに起こったことがきっかけになりました。その後、2006年(平成18年)10月から運輸安全マネジメント制度がスタート。
中でも貸切バス事業者は保有数200両未満が多かった(200両以上が98者、未満が3,458両)ことから、国土交通省による運輸安全マネジメント評価を全社に対して実施しました。
「運輸安全マネジメントセミナー」「運輸安全マネジメント 認定セミナー」などを定期的に開催。運輸安全マネジメント制度の浸透や定着は、着々と進みつつあります。
しかしながら、対策をしていても、日頃から安全運行に努めていても、やはり事故は起きてしまうもの。常にPDCAサイクルを回し、過去の事例から学び、安全対策への意識向上が大切なのではないでしょうか。
特に2022年に起きた知床遊覧船沈没事故を受け、小規模海運事業者に対しても運輸安全マネジメントの推進を行いました。
近年激甚化する自然災害への対策として運輸防災マネジメントを推進
このところ毎年のように起こっている自然災害。特に2024年はお正月に起きた能登半島地震を皮切にたくさんの自然災害に悩まされた年でした。
運輸事業は国民生活・経済を支える重要なインフラであり、災害時も事業継承が必須。このため、2020年(令和2年)7月より、運輸安全マネジメント制度を応用し、自然災害対応に活かしています。
セミナーでは両備ホールディングズ株式会社・高千穂倉庫運輸の事例を紹介。大きな自然災害は起きるという前提でどのように行動するか、対策するかを平時から備えておくことの大切さを実感しました。
特別公演「ある日突然奪われた妻の生命」
「第47回NASVA安全マネジメントセミナー」の特別公演に登壇されたのは、一般社団法人関東交通犯罪遺族の会(通称:あいの会)創立メンバーである中村正文さんです。昨年は、副代表理事である松永拓也さんが登壇されていました。
中村さんは奥様と2人の息子さんと4人暮らしだったそうです。辛い不妊治療を経て長男を授かり、その後次男も授かりました。
次男の誕生とともに始まった新居での生活。幸せいっぱいの暮らしが続いていくと思っていた2010年4月、突然の事故により奥様を亡くされます。
今もなおその辛く厳しい現実と向き合いつつ、多くの被害者の力になっています。
見通しのよい交差点で起きた無残な事故
中村さんの奥様が事故に合われたのは春の交通安全運動が始まったばかりの時。当時、1歳だった次男を連れ、近所の公園に遊びに行こうとしていた時のことだそうです。
周りは田んぼという大変見通しのよい交差点。信号が青になり、横断歩道を渡ろうとしていたところ、右折してきたタンクローリーが奥さんを巻き込んでしまいました。
頭を轢いてしまったため、その場で奥さんは即死。その腕に守られるように抱きかかえられていた次男は軽傷で済んだそうです。
事故を起こした運転手は「見ていなかった(見えなかった)」と主張
事故を起こした運転手は横断歩道を渡る2人の姿を「見ていなかった(見えなかった)」と主張。見通しのよい交差点で起きた事故なので、「漫然運転」「だろう運転」に陥っていたのでしょうか・・・。
交通事故の加害者となり、相手を死亡させてしまった場合、民事(賠償責任)・刑事(刑罰)・行政(免許停止)と3つの分野で責任を負う必要があります。ひき逃げなどのない過失運転致死罪であれば禁錮刑になるのが通常。
それも1~3年の執行猶予付きとなりますので、人ひとりの命を奪った代償としてあまりにも罪が軽いと感じるのは私だけでしょうか。なんともやるせない気持ちになってしまいます。
民事裁判、刑事裁判を終え、数年後、当該ドライバーに連絡を取ってみたという中村さん。免許を取り直し、今も別の運送会社でドライバーとして働いているそうです。
また、ハンドルを握っていると聞いて驚きを隠し切れません。大切な人の命を奪ってしまったという自覚、どのように反省しているのか、その罪とどう向き合っているのか、私には何も感じ取ることができません。
そのあまりにも壮絶な体験と中村さんが抱き続けている深い悲しみに、会場からもすすり泣きが聞こえていました。
喪失感の中、2人の小さなお子さんを育てながら戦っている中村さん
タンクローリーに頭をつぶされてしまったため、奥様との対面は大変辛いものになったそうです。お葬式のため自宅に戻った後も、そのままでは遺体の維持ができなくなるとのことで、エンバーミングを受けたそうです。
あまりにも幼すぎてお母さんが事故で亡くなってしまったということもわからないお子さんたち。中村さんご自身も、毎日の仕事・育児・家事・事故の裁判などで心身の限界を超え、うつ病を発症してしまいました。
そんな困難の中、関東交通犯罪遺族の会を立ち上げ、犯罪被害者支援アドバイザーとして活躍を続けていらっしゃる中村さん。「1人でも事故で亡くなる方を減らそう。交通事故加害者をなくそう」という強い想いが伝わってくる講演でした。
NASVA安全セミナーに出席(聴講)されている事業者さんやドライバーさんたちは、輸送の安全に一生懸命取り組んでおられる方ばかりと思います。それでも、事故はちょっとした気のゆるみや偶然により起こってしまう場合も。
より多くの方に中村さんからのメッセージが伝わることを願います。
Information
あいの会(一般社団法人 関東交通犯罪遺族の会)
輸送の安全を高めていくための各事業者の取り組み事例:JRバス中国株式会社
JRバス中国株式会社は、1988年3月に西日本旅客鉄道中国自動車事業部から引き継ぎ運営を開始。2024年9月から社名を「中国ジェイアールバス」から「JRバス中国」に変更したばかりです。
本社は広島市にあり、岡山や島根、東広島、山口に路線バスや高速バス支店がある他、貸切バスの営業所も。貸切バスは岡山・島根・広島・山口を拠点に53両体制で運行しています。
あの豪華列車「瑞風(みずかぜ)」専用バスの運行も担当されているそうですよ。
JRバス中国株式会社が力を入れて取り組んできた「報告文化の醸成」
JRバス中国では、以下のような取り組みを行っているそうです。
- 安全文化の定着(報告文化の醸成、安全考動指針の浸透及び実践)
- 安全管理の推進(運輸マネジメントの確実な遂行、教育指導の充実)
- 事故防止の推進(運転事故防止、リスク管理に基づく事故防止)
この中でも特に「報告文化の醸成」に取り組み、2023年4月から「ヒューマンエラーであれば人事的処分をしない施策」をスタートしています。「ヒューマンエラー」に関する情報を全社員が共有、分析、活用することで重大事故の未然防止を図っているそうです。
この施策に取り組むきっかけとなったのは、2022年に事故等の報告遅れが目立ったこと。処罰が気になる、保身から報告できなかった、報告する必要はないと自己判断した等の理由が聞き取り調査から明らかになりました。
ドライバーが気になっている「人事的処分を排除」することで、報告しやすい環境づくりを。責任追及ではなく「原因究明」による事故防止を目指しています。
社内からは「厳しくしなければ気が緩むのではないか」という意見もあったそうですが、根気よく説明や意見交換会、啓蒙を行った結果理解を得られたとのこと。
導入後、2023年以降報告遅れが減少。まだまだ過渡期ではありますが、浸透しつつあるのではないかとおっしゃっていました。
この他、タクシー業界からは日の丸交通株式会社「安全を目指す健康管理」、トラック業界からは株式会社ハンナ「安全品質の共有~組織力強化~」の発表も行われました。
「第17回NASVA安全マネジメントセミナー」まとめ
根絶できない飲酒運転、「2024年問題」によるドライバー不足、高齢化、自然災害の激甚化など、課題は山積み。それでも懸命に輸送の安全に取り組む事業者さんたちの熱い想いが伝わってくる1日となりました。
会場では運転技能向上トレーニングアプリ「BTOC」の紹介や、乗務員の「疲労度」「睡眠状況」を測定・評価できる「FHM Safety」、視力トレーニング機器「WOC-i Pro」 の展示、富士通の「ITP-WeService V3(クラウド型運行支援ンシステム)」の紹介も。
ICTを活用した運行管理を推進するヒントになったのではないでしょうか。
どんなに気を付けていても事故は起こると肝に銘じ、時にはハンドルを握る私自身も「かもしれない運転」を心がけようと思いを新たに会場を後にしました。
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