古代史オタクが行く奈良2泊3日の旅~中将姫はいずこに?二上山遠足・當麻寺練り供養編~
関裕二先生のファンクラブ・関西支部の皆さんが主催してくれたツアー2日目は、大津皇子と中将姫に出会う大人の遠足ツアーです。
初日は朝の6時から旅が始まっていた関係でなんとも長い1日でございました。
2日目は奈良県葛城市と大阪府南河内郡太子町にまたがる山「二上山」に登るという遠足からスタート。なぜ「二上山」に登るのかって?
そこに天武天皇と大田皇女(おおたのひめみこ)の間の息子である大津皇子が眠っているからですよ。天武天皇・持統天皇の間に生まれた草壁皇子とライバル関係にあった大津皇子。
どうしても草壁皇子に継がせたいと考えた持統天皇は藤原不比等と結託し、謀反の疑いをかけて大津皇子を葬ります。悲劇の皇子が眠る(といわれている)二上山へ果たして登れるのか?(下りれるのか?)
■関裕二先生ファンクラブ関西支部企画・講演会と大人の遠足ツアー
<1日目午前:桜井市内編>
近鉄桜井駅==長谷寺駅==長谷寺==昼食==なら100年会館==“蘇我一族の会”とともに懇親会
<2日目:二上山登山&練り供養編>
近鉄南大阪線・二上神社口駅出発==二上山登山==當麻寺・練供養==當麻寺駅==大和八木駅着・終了==懇親会
■貸切バスで行く♪徳積み大人の遠足with関裕二先生
近鉄大和八木駅集合・出発==高見の郷(東吉野)==丹生川上神社駐車==玉列神社==大和八木駅到着・終了==懇親会==帰宅
2日目は「変なホテル」の「オテンキパーラー」でモーニングをいただくところからスタート
2日目は二上山登山と當麻寺の練り供養を楽しむ日帰りツアー。朝食を食べた後、待ち合わせ場所である近鉄奈良駅へ向かう予定です。
ゲストハウスと近鉄奈良駅の間にあり、モーニングができるお店を検索。「変なホテル」の1階にある「オテンキパーラー」で食べられるようなのでおじゃましてきました。
「オテンキパーラー」のモーニングは7時から営業。選べるパンとサラダなどのブッフェが楽しめます。
パンはグラタントーストもしくはフレンチトースト。私はグラタントーストを選択しました。
ブッフェはスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、スープ、ヨーグルト、グラノーラ、ドリンクバーが付いています。これで1,320円(税込、2024年4月現在)はまずまずな内容なのではないでしょうか。
少し時間に余裕があったので「率川(いさがわ)神社」に参拝
待ち合わせ時間まで少し時間があったので、「オテンキパーラー」のすぐ近くにあった「率川(いさがわ)神社」に参拝しました。
「率川神社(率川坐大神御子神社)」は飛鳥時代である593年、大神君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が勅命により創祀したと伝わる奈良市最古の神社。父神「狭井大神」と母神「玉櫛姫命」に挟まれるように御子神「媛蹈鞴(ひめたたら)五十鈴姫命」が鎮座しているところから、子守明神と呼ばれているとのこと。
狭井大神は大神神社の荒魂。媛蹈鞴(ひめたたら)五十鈴姫命は神武天皇の皇后です。
「率川神社」は大神神社摂社であり本殿は奈良県指定有形文化財。一間社春日造檜皮葺の建物三棟が東西一列に並び、南面しています。
建立時期は江戸時代初期と考えられているそうです。
標高517mの二上山へは「二上山登山口」からアプローチ
二上山は雄岳(おだけ・517m)と雌岳(めだけ・474m)が寄り添うように並ぶ二峰からなっています。大津皇子のお墓があるのは雄岳の方です。
今回の遠足のためにわざわざオリジナルで旗(自腹)「関裕二先生と行く 大人の遠足ツアー」を作ってくれたMちゃん。福岡県からの参加です。
二上山は万葉集にも詠まれており、大和言葉では“ふたかみやま”と呼ばれていました。
登山ルートはいろいろあるようですが、今回は近鉄南大阪線・二上神社口駅から「葛木倭文坐天羽雷命神社(かつらき しとりにいます あめのはいかづちのみことじんじゃ)」の脇を通り、雄岳山頂を目指すルートです。
登山道の入口には扉が付いており、イノシシ除けのために必ず閉めることとあります。山頂までの距離は2㎞強とかかれていたので、それほど大変ではないかな、と思っていたのですが・・・。
死にました。筋力が足らない、のではなく、酸素が足らなくてこのまま心臓発作で倒れるかと思ったほど。後半、急登が続き、普段いかに有酸素運動不足かを実感することになりました。
すれ違った方から「そちらからのルートでは登らない」という声も聞かれたので、もしかするとかなり厳しい選択をしてしまったのかもしれません。
なんとか、生きて大津皇子のお墓にたどり着くことが出来ました。
雄岳山頂で“幻”といわれる春木春陽堂の「姫餅」をいただく
ツアーに参加したメンバーのために、関西支部・M会長がわざわざ朝から並び、1年間で3週間だけ販売されるという“幻”の春木春陽堂「姫餅」を買ってきてくれました。春木春陽堂はよもぎが収穫される春先だけ営業。
鮮度の高い生のよもぎと自家製のもち米を使って、昔ながらの製法で手作りしているというのが人気のヒミツ。よもぎ餅の上にこしあんを乗せた「姫餅」とこしあんをお餅で包んだ「よもぎ大福」の2種類のみ販売しています。
限られた期間だけしか販売されないため、毎年・連日大行列ができるということ。
へたり込んでいる私たち(特に還暦を越えた組)を後目に、姫餅を元気よく配布してくれる関先生でした。
よもぎの香りが素晴らしく、なめらかなこしあんの甘さがとてもバランスのよいお味。M会長、ありがとうございます。そしてごちそうさまでした。
鼻歌まじりで!? 馬の背から祐泉寺まで下る
雄岳と雌岳の間、くぼんだ場所を「馬の背」と呼んでいます。ここから「祐泉寺」に下り、當麻寺を目指します。
「酸素が足りない」と聞くと、どんな高山に登ったのか、と思われるかもしれませんが、単に心肺機能が著しく低下していただけ。その証拠にいつもは膝がくがくになる下り道をスイスイ下れましたw(筋力には余裕があった)。
祐泉寺は天台宗のお寺で人気の紅葉スポットなのだそうです。こちらルートから登っていく方を多くお見掛けしたように思います。
新緑が美しい祐泉寺で遅い昼食を食べて一休み。会社の後輩Kちゃんが連れてきたマスコットと、娘に託された杉元と宇佐美上等兵で記念撮影しました(コイツら何してんねん、とツッコまれてしまいそうですがが・・・)。
これから當麻寺へ向かいます(もちろん歩いてw)。
登山中は景色を見る余裕ゼロ。なんて美しい風景でしょう
祐泉寺からさらに下り、鳥谷口古墳近くにあるトイレに立ち寄りました。登っている間はまったく写真を撮る余裕がないどころか、景色すら見ていない・・・。
ここから仰ぎ見る二上山はとても美しかったです。
當麻寺に向かう途中にあった「傘堂」。真柱1本で宝形造木瓦葺の屋根を支える独特の形からそう呼ばれているそうです。
真柱東側上部には阿弥陀仏を納置。北側軒下には梵鐘が吊り下げられていたとのこと。珍しい構造から奈良県指定有形民俗文化財に指定されています。
當麻寺(たいまでら)練供養に間に合いました!
當麻寺に無事、生きたまま到着できました!毎年4月14日に開催される「當麻寺練供養会式」を見るためです。
二上山登山に参加されなかった関裕二先生ファンクラブ関西支部の皆様とはこちらで合流。練供養開始までおのおのリラックスして待ちます
當麻寺とはどんなお寺?
葛城市にある當麻寺は612年(推古20年)頃、聖徳太子の異母弟である麻呂子親王(まろこしんのう)により、河内国山田郷に創建。当時は「萬法蔵院禅林寺」と呼ばれていたそうです(引用元:當麻寺奥院ホームページより)。
壬申の乱で功績を立てた當麻真人国見(たいまのまひとくにみ、麻呂子親王の孫)が西暦680年頃に現在の場所に遷し、寺号を「當麻寺」と改めて、以後は當麻氏の氏寺だったと考えられています。
創建時の本尊は弥勒仏(金堂)。現在の信仰の中心は中将姫伝説と関わりがある當麻曼荼羅(本堂)です。
宗派は高野山真言宗と浄土宗の並立。奈良時代 ~平安時代初期建立の2基の三重塔(東塔・西塔)があり、近世以前建立の東西両塔が残る日本唯一の寺であり、大和七福八宝めぐりの1つとなっています。
中将姫と「當麻寺」の関係
かぐや姫のモデルになったのではといわれている中将姫は、藤原鎌足の曾孫であり右大臣・藤原豊成(とよなり)・紫の前の娘(と、いわれている)。長らく子宝に恵まれず、観音菩薩に祈願すると「どちらか一方の命と引き換えに子どもを授ける」といわれ、誕生したのが中将姫でした。
その後、紫の前が亡くなり、後添えをもらったところ、いたく憎まれ、何度も継母から命を狙われるように(途中省略)。中将姫は出家を決意し、二上山山麓にある當麻寺で修業。
女人禁制だった當麻寺へ入るため、一心に読経を続けたところ、その功徳により立っていた石に中将姫の足跡が付いたといわれる「中将姫誓いの石」が中之坊に残されています(このことにより入寺が許された)。
ある日、念仏読経を唱えていた中将姫のもとに1人の老尼が現れ、蓮糸を用いて「當麻曼陀羅(観無量寿経浄土変相図)」を織り上げるよう助言しました。中将姫は蓮糸を集め、その「當麻曼荼羅」を一晩で織りあげたという伝説が残されています。
実際の「當麻曼陀羅」は蓮糸ではなく、絹糸のつづれ織りであり、唐からの伝来品であると考えられているそうです。
ちなみに「かぐや姫」を始め、さまざまな日本のおとぎ話と歴史についての考察を書き記した関裕二先生の著書(新刊)「おとぎ話と親和に隠された古代史の真実」。
笠間書院から絶賛発売中です。日本の歴史のイメージががらりと変わるかも。ぜひ!
當麻寺で毎年行われている練供養とは?
中将姫に蓮糸で「當麻曼陀羅」を織り上げるように助言した老尼は、阿弥陀如来に姿を変え、13年後に迎えに来ると告げました。その約束通り、29歳になった中将姫のもとに、阿弥陀如来とニ十五菩薩が来迎され、中将法如は極楽浄土への旅立だったと言われています。
この時の様子を再現したのが、當麻寺で毎年4月14日に開催されている練供養会式です。
當麻寺練供養会式の流れ
練供養会式が開催されるタイミングに合わせて、當麻寺本堂である曼荼羅堂から、東方にある娑婆堂までを繋ぐ長い架け橋がつくられます。この白い橋は西方極楽浄土に見立てた曼陀羅堂を、俗世間を象徴する娑婆堂とを繋ぐ「来迎橋」というわけです。
16時を過ぎると、まずは僧侶が娑婆堂に向かい、中将姫を取り囲んで読経。鐘が鳴ると極楽浄土の観音・勢至・地蔵菩薩が二十五菩薩を従えて来迎橋を娑婆堂へ。
ここで観音菩薩が持つ金蓮台に中将姫を遷し、勢至菩薩は光り輝くその両手で中将姫を優しく撫でます。娑婆の世界に別れを告げた中将法尼は菩薩聖衆に護られて来迎橋を渡り、極楽浄土に向かうのです。
曼陀羅堂に到着する頃には、夕日が二上山にかかり、あたりは金色に輝く西方浄土のような厳かで美しい様子に包まれるという、まさにドラマティックな演出です。
中将姫、「違う、違う、そうじゃない♪」事件が続出
初めて見る練供養に夢中になり、たくさん写真や動画を撮影したのですが・・・。みんなそれぞれ、中将姫がどこにいたのかという「意見」がバラバラ。「違う、違う、そうじゃない♪」を連発してしまいました。
かく言う私も中将姫がどこにいたのか、まったくの不勉強だったため、間違えていた始末w。後から中将姫がいた場所を聞いて、おぉぉぉ、となった口です。
旅に出るときは、事前の予習がとても大事、ということを思い知らされたエピソードでした。
當麻寺・東塔(三重塔)から二上山を愛でる
練供養の後、東塔(三重塔)に立ち寄っていきました。こちらは729~749年、西塔よりも先、天平年間の頃に建てられたものです。
初層は一般的な3間(柱の間が3つ)、二層・三層は中心に柱のある2間になっているのが珍しいとのこと。塔上にある「相輪(もともとお釈迦様の舎利塔)」は一般的に9つだそうですが、こちらは8輪。
8輪の上にある水煙は魚骨形になっている意匠も珍しいのだとか(見えなかったのですが・・・)。
東塔は法起寺についで日本で二番目に古い三重塔といわれ、国宝となっています。古代の東西両塔が残っているのは全国でこの當麻寺だけ。内陣には大日如来が祀られているそうです。
ここから見た二上山もとても神々しかったです。
牡丹のお寺ともいわれる當麻寺は4月下旬に行われる「ぼたん祭り」でも有名。
練供養当日はまだ、桜の花が残っており、楽しめました。
今回は練供養がメインだったため、お寺をじっくり見学することが出来ませんでした。次回は時間をかけて巡りたいと思います。
帰りは近鉄南大阪線・当麻寺駅まで歩き(約15分)、大和八木駅へ向かいます。電車の窓から二上山の雄岳と雌岳の間に沈む美しい夕陽を一瞬ですが見ることができました。
撮影に失敗したので関西支部のNさんから、別日、別場所から撮影した二上山と夕陽画像を置いておきますね。
Nさんを始め、ツアー参加者の皆様からいろいろ画像・動画を提供していただきました。ご協力ありがとうございました。
Information
當麻寺中之坊と伽藍堂塔
拝観時間:9時~17時
拝観料金:中之坊 大人500円、小学生250円/伽藍三堂(本堂・金堂・講堂) 大人500円、小学生250円
※30名以上の団体で割引あり
※1/1~1/6および4/13~4/15は変更あり
住所:奈良県葛城市當麻1263 中之坊
電話:0745-48-2001
バス駐車場:要問合せ
さて、3日目は中田さんが企画してくれた日帰りバスツアー。「貸切バスで行く♪徳積み大人の遠足with関裕二先生」です。
2023年に見ることが叶わなかった東吉野・高見の郷でしだれ桜を満喫する予定。想像以上に素晴らしくて感動しました。
関 裕二(せき ゆうじ)さんプロフィール
1959(昭和34)年、千葉県柏市生ま れ。歴史作家・武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
仏教美術に魅せられ奈良に通いつめ、独学で日本古代史を研究。
『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』『神武天皇vs.卑弥呼 ヤマト建国を推理する』など著書多数。
*NHKカルチャー青山教室・目黒学園カルチャースクールで古代史講座が絶賛開講中。また、月1回、一般社団法人伝統文化交流協会主催の「古代日本史の正体」というテーマでの講座がスタートしています。興味のある方はぜひ!
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