バスの安全運行に取り組む事業者が大集結!「NASVA安全マネジメントセミナー」
こんにちは、編集部Iです。運輸安全マネジメント制度導入10周年という節目の年。
今回は東京国際フォーラムで開かれた「第11回NASVA安全マネジメントセミナー」を取材してきました。
主催するのはNASVA(独立行政法人自動車事故対策機構)。
そうです、私が運行管理者試験を受験するため、今年の8月に横浜で基礎講習を受けてきました。その講習会を開催していたのがNASVAです。
NASVAの仕事は交通事故被害者の支援、交通事故防止、安全な車選びなどについての活動を行っています。
今回は安全な事業用自動車の運行に欠かせない「運輸安全マネジメント制度」導入10周年という節目の年であり、交通輸送を取り巻く環境の変化に即した安全対策について改めて一緒に考える機会として開催。
つい先日、国土交通省から発表された「道路運送法の一部を改正する法律案」閣議決定を踏まえ、ますます安全への取り組みが注目される中、全国から1,000名を超える参加者が一堂に会し、安全について考える1日になりました。
運輸安全マネジメントとは?
一般の方にはあまりなじみのないコトバ、運輸安全マネジメントって何?を思われる方も多いと思います。先日の運行管理者基礎講習会でも試験でるよ~というポイントになっていましたが、簡単に説明すると・・・・。
バスの安全な運行にはバス事業に関わる全ての人が安全意識を高く持ち、さらなる上の安全性を目指してトップ(経営者)から現場の人間が一丸となって取り組まなければいけないよ、ということ。
そのためにはバス会社一社一社が「安全マネジメント体制」を築き、その体制を国が監視する仕組み(安全マネジメント評価)を作りました、というものです。
これを定めた法律が「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第19号、「運輸安全一括法」ともいう)。
ここでは事業者に「安全統括管理者の選任」、「安全管理規程の作成」等を義務付け、経営トップ主導の下、現場まで一丸となった安全管理体制を構築せよ、とあります。
そして、この体制で取り組むことで事業者に安全風土、安全文化が構築・定着。関係法令等の遵守(コンプライアンス)と安全最優先の原理(安全風土の構築)を徹底すべきとしています。
いろいろ難しいコトバが並び、わかりにくいかと思いますが、要は経営者は安全確保に積極的に関与し、現場との意思疎通をしっかり図り、情報共有をすることで、会社全体で安全運行に取り組む社風そのものをつくれ、ということ。
価格競争に勝つために安全性を無視した運行を行ったり、現場の声を無視して無理な運行(経済性優先)をさせることのないよう、また、厳しい経営状況下にあっても安全対策への投資をしっかり行うようにという意図もあります。
最近何かと話題の「貸切バス事業者安全性評価認定制度(セーフティバス)」においても、この運輸安全マネジメントを導入し、安全性の向上に取り組んでいることが大切なポイントになっています。
この安全対策への取り組みはその場限りで終わるのではなく、つねに安全性や安全意識向上に取り組み続けるべきとして「P(Plan=計画)D(Do=実施)C(Check=チェック)A(Act=見直し)サイクル」を回し続けるコトが大切。
国交省としても監査の強化、運行管理制度の徹底、そして、安全マネジメント等の導入により、自動車運送事業の安全確保を三位一体で推進するとしています。
今までは大手のバス会社(バス所有台数200車両以上)を対象にこの「運輸安全マネジメント」導入を義務付けてきましたが、平成25年10月より、すべての高速乗合バス、貸切バス事業者を追加。
とはいえ、なかなか小さなバス事業者まで浸透させるのは難しく、保有車両台数が50両未満の事業者に対してどのようにアプローチしていくかは、今後の大きな課題となっています。
30年ぶりという大事故で始まった2016年
セミナー開催に先駆け、NASVA理事長・鈴木秀夫氏、
国土交通省自動車局長・藤井直樹氏よりご挨拶がありました。
このNASVA安全マネジメントセミナーは今回で11回目を迎え、延べで7,600人を超える参加者となったそうです。今回も1,000人を超える参加者で「運輸安全マネジメント制度」への関心の高さ、浸透が感じられます。
今年の1月に発生した軽井沢スキーバス事故は、犀川スキーバス転落事故以来30年で、最多の死者が出る事故となってしまいました。そして、この事故は不適切な運行管理の延長上で起きたもの。さらに大型バスの運転経験が浅いドライバーが担当していたこともわかっています。
大勢の命を乗せて走る、というその重みを再確認するとともに、運転の基本である「交通ルールを順守する」ということを徹底。より安全な運行のために行政とも一丸となって取り組みましょう、というお話がありました。
事業用自動車事故は減っているが、健康起因事故が急増してる
引き続き、国土交通省自動車局安全政策課長・平井隆志氏からは「事業用自動車の安全対策について」の基調講演がスタート。
第9次交通安全基本計画の結果概要と、第10次の計画発表がありました。
計画では
平成27年までに24時間死者数を3,000人以下⇒4,117人(目標未達)
平成27年までに死傷者数を70万人以下⇒67万140人(目標達成)
となっています。
ただし、24時間死者数に関して、バスなどの事業用自動車が起こしたものは平成26年と比べ、マイナス9人になったそうです。
大勢の乗客の命、顧客の財産を預かるバス・タクシー・トラックなどの事業用自動車は、ひとたび事故を起こすと社会的影響が大きく、より高度な安全性が求められています。
「事業用自動車総合安全プラン2009」を策定し、事故防止対策を進め、世界一安全な道路交通の実現を目指していくという目標を掲げています。
安全技術の向上等で、バスの事故に関しては横ばい、事業用自動車全体では減少傾向にあるといいます。
「事業用自動車総合安全プラン2009」の目標としては、
●死者数半減(平成30年までに250人以下)
●事故件数半減(平成30年までに3万件)
●飲酒運転ゼロ
●危険ドラッグ等薬物使用による運行の絶無
を掲げています。
飲酒運転に関してはつい先日も、遠隔地のアルコール検知器による酒気帯びチェックをごまかして問題になった事例などがありましたが、ドライバーの日常的飲酒に対する指導や管理を徹底する体制が望まれます。
また、ドライバーの適性診断で指摘されていた運転特性に対する指導の甘さで起きたと考えられる事故、疲労が蓄積していたにもかかわらず点呼の際に申告せずに事故に繋がった事例、急に強い眠気に襲われるSASの症状により引き起こした事故など、過去発生した事例の紹介がありました。
最近特に増えている「健康起因事故」。
国交省では事故、または運行を中断した事案を報告するように義務付け、平成21年より、報告の徹底を周知したこともあり、近年では5,000件に上る事例が確認されています。
特に平成25年度までは100件台だった健康起因事故が、平成26年には220件に増加。そのうち脳疾患と心疾患が多いといいます。
衝突被害軽減ブレーキなど、ハード面での整備は進められていますが、ソフト面でもドライバーの健康管理の強化を進めており、平成26年4月には「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」が改訂されました。
改訂されたポイントは以下のとおりです。
<運転者の健康状態の把握>
定期健康診断による疾病の把握(義務)に加え
●一定の病気等に係る外見上の前兆や自覚症状等による疾病の把握(義務)
●脳・心臓・消化器系疾患や睡眠障害等の主要疾病に関するスクリーニング検査(推奨)
●異常所見等がある場合には、医師の診断や面接指導、必要に応じて所見に応じた検査を受診させ、医師の意見を聴取(義務)
<就業上の措置の決定>
医師の意見を踏まえ就業上の措置の決定(義務)に加え
●医師等による改善指導(義務)
特に主要疾病に関するスクリーニング検査としては
・人間ドック
・脳ドック(MRIとMRAを用いた簡易検査もあり)
・睡眠時無呼吸症候群(SAS)スクリーニング検査
・心疾患に係る検査(ホルター心電図検査等)
と対象を広げ、よりきめ細かいチェックがあげられています。
国交省では、事業用自動車健康起因事故対策協議会を設置し、抑止対策を進めています。
貸切バスへの信頼性回復に向けて、今後取り組むべきこと
事故以来、悪質な業者に対する集中的な監査を実施し、行政処分を厳格化するなど、さまざまな対策がとられています。
平成26年1月からは事業停止(30日間)が適用。
事業停止後も引き続き法令違反を起こすなど改善されない場合は認可取り消し。
この他、記録類の改ざん、交替運転者の配置違反、日雇い運転者の選任等についても処分量定引き上げ、軽微な法令違反の対象を拡大して文書による警告(行政指導)が行われています。
先日も発表されたとおり、バス事業者だけではなく、旅行業者も含め安全確保を最優先に、協力・連携し、ルール順守の環境整備を進め(旅行業協会とバス協会による「安全運行パートナーシップ宣言」)、国としてはルール違反を早期に是正させ、不適格者の参入を阻止する方針を掲げていました。
「事業用設備の強化」の一環として、義務化されたドライブレコーダー設置
続いて一般社団法人日本自動車部品工業会 ドライブレコーダー部会長・増田一英氏より「ドライブレコーダー活用による安全運転支援について」の特別講演がありました。
以前、ドライブレコーダー導入のメリットについてでもご紹介しましたが、軽井沢スキーバス事故以降、「貸切バス」にも装着義務化の流れになっています。
平成18年の運輸安全一括法の施行以来、トラック業界、バス業界とも導入が進んでいますが、貸切バス業界においてはまだまだ4割強というのが実情。
事故やヒヤリハットの瞬間のみを撮影する簡便なものから常時録画へ、最近では両方の記録を行うもの、さらにはデジタコと連携し、運行データと映像データを一元管理できるもの、クラウド管理できるものへとさらなる進化を遂げています。
このことにより、運行管理の負担軽減や安全運転診断によるドライバーへの客観的な指導、危険予知トレーニング、ヒヤリハットマップ制作と共有などさまざまなメリットが生まれています。
以前取材させていただいた、衝突防止警報機能を後付けできる「モービルアイ」もドラレコやデジタコなどと連携させ、ヒヤリハットの瞬間を即時に伝達するシステムも登場。
重大な事故につながる日々の「ヒヤリハット」を劇的に軽減させる対策、「後付けASV」として採用するバス事業者が増えていると聞いています。
国としても積極的な支援を行っており、ドラレコ・デジタコと合わせて購入すると、1社あたり1/2、上限で80万円(約6台)を限度として補助を受けることが可能。一気に新車導入できない場合に、こういった「後付けASV」は即効性があり、頼りになる対策ですね。
セミナー会場では各事業者さんによる安全マネジメント支援ツールを紹介するコーナーも!
セミナー開始前や休憩時間に大勢の人が熱心に各ブースを回っていました。
アルコール検知器やデジタコ・・・
そしてSAS(睡眠時無呼吸症候群)の簡易検査ができるキットの紹介も。
前述の「モービルアイ」を紹介するコーナーにも大勢の人が集まり、熱心に説明を聞いている姿も見られました。
事故に対する厳罰化ということもあり、どの事業者さんも今できるベストな安全対策を求め、情報収集していたようです。
事故をきっかけに安全への取り組み方が変わった!
取り組み事例の報告、1社目は東栄運輸株式会社・添野和良氏の「安全への、風を感じる。風を造る。」
東栄運輸さんは、埼玉県さいたま市に本社を置く会社で昭和42年創業。
トラックやトレーラーの運送事業の他、観光バスの貸切事業も行っている会社です。
「貸切バス安全性評価認定事業者」として三ツ星を取得。埼玉の他、東京都板橋区、横浜市にも営業所があります。
貸切バスを使った旅客事業は1987年にスタート。当時は新しく事業に参入するのが難しく、事業者数も現在の1/5程度だったそうです。
順調に業績を伸ばす中で起きた中型バスの事故。
天気も良い5月のことで、上り坂の左カーブを時速20㎞程度で走行中にバスが右側へ転倒。けが人を出してしまいました。
社長である添野さんは大変なショックを受けました。
そして、思い出したのが50年前、少年時代に体験した鉄道で起きた事故のこと。
今回、自らの会社が起こしてしまった事故の背景をきちんと分析しようと考え、過去に起きた鉄道や飛行機などの大きな事故の文献を当たったそうです。
そして気づいたのが事業が拡大していく途上で、ドライバーの養成が追いついていなかったのではなかったかということ。
観光バス事業を始めたときは7台だったものが、事故を起こしたときは20台に増えていました。この経験から、添野さんは
「拡張を急がない」
ということを肝に銘じ、焦らず、きちんと足場を固めた上で事業を進めていこうと考えました。
さらにドライバーの運転行動をきちんとマニュアル化し、安全運行を徹底することに。事故前には乗客への対応マニュアルはあったそうですが、ドライバーに対してのものはなかった。ここをしっかりつくることで、誰がハンドルを握っても質の高い運転ができるようにしています。
最後に3つ目としては、社員とのつながりを強靭化する
こと。
「実はここがいちばん苦労したところです」
古いしきたりや掟にしばられて風通しのよいコミュニケーションがとりにくい空気を変えようと取り組み続けたという添野さん。未経験から採用したドライバーが中心になってマニュアルを整備しました。
この5年間で自ら辞めたドライバーは1名、3年間ではゼロ。入社後は1~3か月研修を重ね、ドライバー自ら作り上げたマニュアルをもとに技術を磨いているそうです。
そして、日々の運行管理は任せつつも社長自らの声掛けを忘れないといいます。声をかけたときのドライバーの表情、声のトーンなどから「いつもと違う様子」に気づける変化があります。
日報も手書きにしているのは同じ理由。これを日々チェックすることで、ドライバーの今の状況を把握し、変化に敏感になれるからだそうです。
東栄運輸さんでは、自動ブレーキなどハード面での進歩を積極的に取り入れつつも、「機械は必ず故障するもの」として、信用しすぎないようにしているといいます。
また、経済性を追求し、「燃費よく走れ」という話をしたら、カーブでスピードを落とさずに曲がる、黄色信号で走り抜けるといった無理な運転が続発した苦い経験があるそうです。
経済性の追求もまた、度が過ぎれば安全性が損なわれる結果になるということを学んだそうです。
どんなに自動化、機械化が進んでも、バスを利用するのは「人間」。サービスや安全運行に関わるところはやはり人間でなくてはいけない。ドライバーやガイドに運行管理者の資格を積極的に取らせています。
現在ではドライバーの70%が運行管理者、または、補助者の有資格者だそうです。
安全講習会や研修、訓練などを行う以外にも、ガイドからの聞き取り調査でドライバーの運転についての分析や評価も行っているそう。
あらゆる角度から安全意識向上へ取り組む東栄運輸さん。安全は一日にして成らず、ということを実感できる講演でした。
観光先進国としての取り組み
30分の休憩をはさんだ後は国土交通省観光庁参事官・黒須卓氏の講演。
ここ最近増え続ける訪日外国人旅行者、2千万人の目標が視野に入ってきたことを踏まえ、新たな目標設定と達成に必要な対応を検討する「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」が開かれています。
「世界が訪れたくなる日本」のために、観光先進国への「3つの視点」と「10の改革」をあげています。
外国人を含め、高齢者や障がい者がストレスなく快適に観光できる環境づくりが大切で、このため地方への人の流れを創出する「地方創生回廊」の完備を掲げていました。
この構想は、首都圏から国内線や新幹線で地方へ移動する際、海外の一部の旅行会社でしか購入できなかった「ジャパン・レールパス」を、国内到着時に購入できるように2016年より実証実験を開始。
電車からバスへの乗り継ぎをスムーズにするとともに、乗り放題切符や新宿バスタのようなターミナルの整備、交通空白地域における自家用車の活用拡大(国家戦略特区法)など、さまざまな対策を行うことで回遊性、周遊性を高めていこうという試みです。
すでに「NAVITIME for Japan Travel」や「Google Maps Transit」のようなアプリで、目的地までの乗り換え方法、運行情報を提供するとともに、海外から交通機関の座席予約、決済を可能に。
複雑な路線で乗換や切符の購入が難しい状況を踏まえ「都市交通ナンバリング」を整備。
また、世界水準のタクシーサービスを充実させるため、東京の初乗り運賃の見直し、ユニバーサルデザインタクシーの拡充、プライベートリムジンの導入などが検討されています。
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、リフト付きバスの導入を進めるため、補助金を出すなどの支援策も打ち出しています。
すでに空港アクセスバス、高速バスでは、リフト付きバスの導入実証運行も始まっていますね!
また、競技場会場となる臨海副都心と都心部を結び、大量輸送を可能にする連節バスを使ったBRT運行にむけ、2015年9月に京成バスが運行事業者に選定されました。
東京都では具体的な運行サービスや燃料電池バスの導入などの事業計画が今年策定され、平成31年度内にはBRTの運行開始を目指しています。
燃料電池バスに関しては、つい先日、トヨタ自動車が水素電池で走るバスを自社ブランドで販売するという発表がありました。2020年までには東京都を中心に100台以上の導入を、2030年までには80万台の普及を目指すそうです。
これらの計画を推進するために、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会特別仕様の図柄入りナンバープレートを全国で希望者に交付。
同時に寄付金を募り、交通サービスの改善(バス・タクシーのバリアフリー化等)に充当する計画があります。
同じように地方版図柄入りナンバープレートも交付し、こちらも寄付金を集めることで各地域での交通サービス改善等に充てることを考えているそうです。
もう一つ、今後見逃せないのが自動運転技術です。ブレーキ、車間距離の維持、車線の維持は自動走行技術として実用化されていますが、次のステップとして高速道路におけるハンドルの自動操作(追い越し、合流、分流)の走行試験が進められています。
また、限定地域における無人自動走行実験が検証され始めています。
飛行機はすでに離着陸時以外は自動運転になっている時代。完全自動化まではまだ時間はかかりますが、公共交通を中心にいずれは主流になっていくのかもしれませんね。
伝えたいことを確実に伝えることは難しい!
取り組み事例の紹介、2社目は東京無線協同組合 実用興業株式会社・坂本篤史氏の講演です。
実用興業株式会社は、東京無線タクシーグループ、葛飾区に本社のある事業者さんです。2016年6月に東京タクシーセンターの優良事業者の評価を取得されています。
冒頭からパワーポイントのアニメーションを使ったスライドが流れ、寸劇仕立てでドライバーと運行管理者の「点呼」のやり取りが始まります。
「追突事故が頻発しています。今日も一日、安全運転でお願いしますー」
普段、どの事業者でも同じようなやりとりが行われていることでしょう。
ところがこのやりとりでは、なかなか伝わるものではないということを日々痛感しているという坂本さん。
坂本さんの会社では集団点呼を3日サイクルで内容を変えて実施。運行管理者は1日に10回以上は同じ話をするので「相当伝えた」と感じています。でもドライバーは1回しか聞いていない。あるいはシフトの関係で1回も聞いていないということもよくあります。
「(何度も話をしているんだから)このぐらいはできるだろう」
「このぐらいは知ってるだろう」
「こんな有名な事故なんだから覚えているだろう」などなど。
管理者とドライバーの間に生まれる「伝達」のギャップをどう埋めるか、そこで、坂本さんの会社では伝える相手によって「伝え方、伝える順番」を変え、より具体的に、徹底してわかってもらえるように工夫をしているそうです。
例えば点呼の場合でもパワーポイントを使い、映像も入れた「教本」を作成。注意点を「今日の我慢のしどころ」端的に伝えるようにしているそうです。
同じものを使用すれば、管理者によってブレずに話ができます。また、一度作ればまた次回も利用できるというメリットもあります。
また、A4のクリアファイルにまとめた「マニュアルファイル」を作成。タクシー1台につき1冊用意し、出社時に乗務員に渡し、帰庫時に返却してもらっています。点呼の内容に合わせて中身を随時差し替え、該当ページを見せながら解説しているそうです。
「このファイルを活用するようになってから、点呼の待ち時間中にドライバーさんたちがペラペラとめくって中身を見てくれるようになりました。思わぬプラスの副産物です」
そして管理者が一方的に話をしないこと。適宜、乗務員にしゃべらせたり、乗務員手帳に書かせたりする。覚えてほしいことをテストにして出題したり、なぞかけをしたりしていらっしゃいます。
点数を付けて評価するためではなく、覚えてもらうのが目的なので、事前にテスト問題を掲示しておくこともあるそうです。
点呼の際に「携帯を使うときは絶対にP(パーキング)レンジに入れている人、手をあげて!」というように声掛けをする。これを毎日繰り返しているとだんだん手をあげる人が増えていくとのこと。
漠然と「安全運転で」というだけではダメ。具体的に相手にどのような運転をしてほしいかを伝えることが大切です。
「追突事故が頻発しています。原因はD(ドライブ)レンジに入れたままブレーキを踏んだ状態でスマホの画面を確認しているからです。運転中はスマホを見ないか、必ずパーキングレンジに入れてから確認するようにしましょう」
というように伝えること。また、相手によって伝える順番も変えたり、言い方も変更するようにします。
大切なことは車内のどこかに点呼と連動したひとこと、例えば「Pレンジ」という表示をはりつけておいたりすることもあるとか。
「運転中にふと、思い出してくれれば・・・」
この他、実用興業さんでは無事故のドライバーさんに「金銀銅バッヂ」を授与しています。銅は1か月、銀は3か月、金は6か月無事故を続けた場合、2016年からはグループでの運用から個人への運用に変更したそうです。
また、東京ハイヤー・タクシー協会の東部ハイタク支部所属11社で毎月事故件数を集約し事故率を競争。他社との切磋琢磨をすることでマンネリ化を防ぐ工夫などもなさっています。
「運行管理者のひとことが事故を防ぎます。
そのひとことが伝わるように言葉遣い、声のトーン、熱いハート、まなざし、身振り手振り、視覚に訴えるツール、しかけなど、事前に何をどうやって伝えるか準備することが必要。
本当に伝わったかどうか、改めて乗務員に聞いてみる(伝わっていないのが普通)。
時間がたつと忘れるので、何度も繰り返し伝える。
乗務員さんに交通事故という嫌な思いをさせないように、心のこもったあたかい言葉をかけてあげてください」と坂本さん。
冒頭と最後での寸劇、アニメーションを使ったプレゼンテーション・・・。
坂本さんが普段とりくんでおられる情熱のこもった安全対策をしっかり受け止めることができた発表でした。
安全とは当たり前のようで、有難いもの
最後にご紹介するのはホスピタリティ研究家、ザ・リッツ・カールトンカンパニーLLC公認親善大使も務める井上富紀子氏の特別講演。
井上さんは「ザ・リッツ・カールトンホテル」のおもてなしの心に感動し、世界各国のリッツ・カールトンに宿泊経験をお持ちです。
その取り組みの中で「誰かのために行動する」ということは「安全対策にもつながる」のではないかということ。
お客様がことばにされないニーズや願望を先読みし、応えるのがリッツ・カールトンのモットー。人は自分の期待を上回るサービスを受けたときに「おもてなし」を感じる。それも金銭的なものではなくその人を思いやって行われるパーソナルサービスが心を打つのでは?とお話されました。
それは相手に「関心を持つ」ということ。そのことで「ニーズの先読み」ができるようになります。
失敗した人が責任を取るのではなく、正しい報告ができる社風をつくる。自分の判断で正しい行動ができるようにする。
簡単ではありませんが社員、トップも一丸となって「おもてなしの心」で、お互いに関心を持って仕事に取り組むことで安全風土が育っていくのではないでしょうかとおっしゃっていました。
井上さんは普段はバス事業とは無縁のお仕事ということで、今回のセミナーで各企業が「安全運行」のためにどのように取り組んでいるかを知ったといいます。
「安全に目的地まで運んでもらうのは”当たり前”だと思っていましたが、それを実現するためには大変な努力を積み重ねていることを知り、感謝の気持ちを持つようになりました」。
当たり前の反対は「ありがとう」。この「ありがとう」を漢字で書くと「有り難し」、つまりそう有ることは「難しい」という意味になります。
ひとことで「安全運行」といってもそう簡単には実現できるものではないということを私たち利用者も理解し、安全運転で移動できたときに心のこもった「ありがとう」という一言を伝えたいものだと思いました。
長い長い一日でしたが、とても学ぶところの多いセミナーでした。
時間や場所の都合で参加できなかったという事業者さん。他社の取り組みなどを参考にされてより一層の安全運行に役立てて頂ければ幸いです。
バスの利用者さんは、絶え間ない事業者さんたちの取り組みで安全輸送が守られていることを知っていただければと思います。
■取材協力
NASVA(独立行政法人自動車事故対策機構)
http://www.nasva.go.jp/
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