東京都営バスに車掌さんがいた風景③「発車~オーライ!」バスガールは黒歴史??
さて、昭和30年代に都営バスの車掌をしていた編集部Iの母。当時、車掌をしていたことは母にとって苦い思い出だったようで、人に知られたくないまさに黒歴史でした。
このため、今回当時の写真とか資料とか残っていないか聞いたところ「全部、捨てた!」という豪快な返事が返ってまいりました。
今回はバスの車掌さんについてフォーカスしてお伝えしていきます。
第1回目 昭和30年代の都営バスについて
第2回目 都営バスの運転手をしていたWさんのエピソード
「バスガール」は憧れの職業!?それとも・・・
いろいろな記録をあたると、昭和32年(1957年)に日本コロンビアから「東京のバスガール」という曲が発売されています。歌っているのはコロンビア・ローズ(初代)。
「バスガール」は当時人気の職業だったと思っていたのですが・・・。
この「バスガール」のモデルは実は路線バスの車掌ではなくはとバスのバスガイドさんだそうで・・・。
つまり、女性がなりたい人気の職業というのははとバスのガイドさんであり、路線バスの車掌さんじゃなかったってことか・・・と今回知りました。
母の車掌写真は残っていないため、Wさんの奥さんであるKさんからお借りしました。
私の母が車掌になったのは昭和33年。当時の住まいは恵比寿南でしたので、通勤も楽だったはず。
母は5人兄弟の長女で長男は大学に入ったばかり。兄の学費を賄うためにも中学を卒業したらすぐにでも働かなければならなかったといいます。
とはいえ、給料は安く、欲しいものがあっても月賦(今風にいえばクレジットでリボ払いか・・・)でしか買えませんでした。
渋谷自動車営業所にはいろんな「物売り」の業者さんが出入りしていて(江戸時代の行商だ・・・)いちばんのお気に入りは靴屋さんだったといいます。
母はこのおじさんから「スケート靴も買った!」そうで・・・。ともかく、仕事の合間にこういったショッピングも楽しい息抜きだったようです。
ともかく一日でも早く車掌を辞めたかった母。「辞めるなら結婚しろ!」といわれ、父とお見合いし、5年間務めた交通局を後にします。
ちなみにWさんの奥さん、Kさんは7年勤めたそう。
それ以降も、同じ班で働いたWさんご夫妻やその他の車掌をしていた人たちと今もなお変わらずに交流が続いています。
特に今回話をうかがったWさんご夫妻とは仲が良く、生まれたばかりの私を預け、昼も夜も働いていました。
私自身、Wさんのお子さんたちと遊んだことが懐かしく、いまでも楽しい思い出として記憶に残っています。
バス車掌時代のエピソード、「この運転手とは組みたくない!」
さて、車掌時代の母のエピソードをいくつか・・・。
渋谷自動車営業所には1班~7班まであり(詳しくは都バスに車掌さんがいた風景①を参照)運転手と車掌がそれぞれ所属。班ごとの組み合わせで路線バスを運行していました。
当然「この運転手とは一緒に乗りたくない!」ということもあったそうで・・・。
車掌が切符を切れるように、気遣って静かに走ってくれる運転手さんは人気。
やたらガクガクブレーキを踏むように走る運転中ハンドルから手を放す、など、運転が怖い人と組むのは嫌だったそうです。(あたりまえか)
シフトを交替してほしいときなど、「車掌から敬遠されている運転手さんだと誰も代わってくれなかった」
とはいえ、静かに走っていると時間通りに運行できなかったため、いたしかたなかった面もあったようですが・・・
また当時、運転手も車掌も名前ではなく「襟番」で呼ばれていました。運転手は頭に「B」が付き、車掌は「F」。
母は「F89」番だったそうです。ちなみに運転手をしていたWさんは「B24」番。みんなちゃんと覚えているもんですねー。
バスの乗務は朝夕のラッシュ時で中休みがあったそうです。昭和35年に免許改正(1,500㏄以下の小型免許廃止)があると聞き、それまでになんとか運転免許をとろうと考えた私の母は、中休みを利用して教習所に通いました。
免許改正までの期間で免許取得させるという契約だったので、本来は落とされているような運転でも大目にみてくれて、無事、改正前に免許を取得できたとか・・・。
母はいまでも(80歳を迎えていますが・・・)車の運転が大好きで、現役ドライバーです。
お金より、寝たかった、遊びたかった!
東京タワーが竣工したのは昭和33年(1958年)。当時は大勢の人が東京タワーみたさに押しかけました。
都営バスでも臨時の送迎バスを運行し、東京タワーに行くお客様を運んだといいます。
いまでいう深夜便のようなもので日中の業務が終わった後、残業を言い渡され、乗務したそう。
「東京タワー以外にも、俳優座劇場(1954年六本木にできた)で公演があるときとか、歌舞伎座への送迎なんかもあった」とKさん。
くたくたに疲れてるのに、また行かされる。これがともかく嫌だったといいます。
俳優座や歌舞伎座の公演が終わったころまで、営業所で待機していてまた迎えにいかなくちゃならない。なんとか逃れることばかり考えていたそうです。
その後結局赤字ということもあり、ほどなく廃止されました。
旅行は「交通費タダ」だった交通局時代
東京都交通局に勤務していた頃は、100㎞以内の移動ならJRもバスもタダだったといいます。このため、母たちは休みのたびにあちこち遊びに行っていたそう。
日曜公休の月の翌月は月曜が公休、月替わりの日月は連休になるので、ここを利用し、旅行にもよくでかけたとか。
お給料は安かったけど、交通費がタダというのは大きかった。だだん赤字が続いて、この特権はその後廃止されてしまいました。
また、こんなエピソードも・・・
「メーデーの時、デモに参加するよう動員されると手当が出た」そうで、動員がかかるとみんなで参加。
当時、労働組合の仕事をしていたWさんいわく「メーデーのデモの先頭で行進していると、1人抜け、2人抜け・・・。最後には自分しかいなくなった(笑)」
みんなちゃっかり手当だけもらって映画を見に行ったり、お茶したりしていたそう。
「楽しかったー」と母たち。「俺は楽しくなかったぞ!」とWさん。
懐かしい時代の思い出でしばし盛り上がったのでした。
車掌時代の嫌な思い出、「密行」が来ている!
「都バスに車掌さんがいた風景①」で、乗務後にお風呂に入るという話を紹介しました。
これはお金を「着服」していないか調べるため、欠かせなかったようで・・・。お金を身に着けていないか、服や荷物などを調べられたといいます。
乗務を終え、お風呂に入ろうとしたところ「密行が来てるから今は入らない方がいい」と、耳打ちされたこともあったそう。
車掌はまず、乗客がバスに乗ると下車するバス停を聞き、切符を販売します。乗客は告げたバス停で降りる時、切符を車掌に渡します。
ところが、ドアも閉まらないぐらいぎゅうづめになる朝夕のラッシュ時はこの切符切りもままならなくなります。
頑張って乗った人を覚えておこうとはしますが、基本はお客さんの自己申告に頼らざるを得ません。
たいていの場合、切った切符よりもお金の方が多くなります。このためお金を「着服する」人が絶えないという状況になるわけです。
こういった横領を防ぐため、時々「密行」といわれる人がバスに乗り込んできてチェックしていたそう。
縁故採用のみの時代はあまり多くはなかったようですが、そのルールがなくなってから増えてきたといいます。(縁故だと紹介した人に迷惑がかかりますもんね・・・)
運転手と車掌が付き合っているような場合、この着服は容易になります。バスの中以外でも入浴時にお金を身に着けていたらアウト!
常に監視さえれているような状況も母にとっては苦痛で「黒歴史」につながったのかもしれません。
都営バスが紡いだ縁
高度成長期で人々の暮らしが、劇的に変わった昭和30年代。映画「Always三丁目の夕日」は港区愛宕町界隈を想定して描かれたといいます。
当時、建設中だった東京タワーや上野駅、東京都電など、かつての東京の街並みをCGなどで再現し、昭和の高度成長期時代の暮らしぶりをリアルに描いてみせました。
母たちが都バスに乗り、駆け抜けていたまさに「その時」そのものです。母やWさんが話をしているのを見ると、みんなすでに80歳近いおじいちゃん・おばあちゃんなハズなのに、10代~20代だったころそのままのような感じです。
昭和40年代前半。私が暮らした恵比寿の町にはまだ、古き良き時代の下町の匂いが残っていました。
当時はおしゃれでハイカラ(死語だけど・・・)な暮らしに憧れ、応接間のある友人の家に遊びに行ってはため息をついたりしていました。
しかしながら、いま懐かしく温かく思い出すのはお豆腐屋さんのラッパの音や、近所の商店で買った1個5円の飴玉、祖母に手を引かれていった中目黒のお祭りの縁日、机に毛布をかぶせて友人と楽しんだ隠れ家ごっこ・・・。
TVゲームもパソコンも何もない時代だったけど、いまよりもずっと豊かな時間を過ごしていたように思います。
近い将来、バスの運転は自動化され、運転手さんさえいらない時代が来るかもしれません。
母たちのように職場の同僚といつまでも変わらない友情を育む、なんてことも最近では稀有なことになりつつあります。
今回、貴重な資料とともに当時の路線バスや東京の様子を知ることができ、とてもよかったと思います。
忙しい時間を割いて、当時のことを話してくれたWさんご夫妻にも心からお礼を申し上げます。
その他の「都バスに車掌さんがいた風景」を読む≫第1話・第2話
【写真・資料提供: 東京都交通局 渋谷自動車営業所30周年記念冊子などWさん個人所有のもの】
※記事内で紹介しているエピソードは個人的なお話です。都営バスの公式なものではありません。
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